磯焼け(rocky shore denudation)
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 浅海の岩礁・転石域において、藻場(海藻群落)が平年的な季節的消長や年変動の範囲を大きく逸脱して著しく衰退・消失し、貧植生状態となる現象を磯焼けといい、回復までに長い年月を要することもある。貧植生状態は様々な景観を呈し、無節サンゴモなどが優占する場合、裸地に近い場合、多少とも(あるいは季節を限って)直立海藻が生育する場合などがある。貧植生状態は、藻場の沖側から岸側に向かって拡大することが多いが、藻場の岸側や中帯域で発生したり、スポット状に認められたりすることもある。藻場は多くの生物の生活の場であり、漁場ともなっている。したがって、大規模な磯焼けが長期間持続すると、海藻が採取できなくなるだけでなく、アワビ、イセエビなどの磯根資源も減少するので、沿岸漁業、ひいては漁村経済に与える影響も大きい。
 磯焼けは少なくとも江戸時代には知られており、磯枯れとも呼ばれていた。明治・大正期の海藻学者、遠藤吉三郎が伊豆半島東岸の漁民の方言であった磯焼けの語を初めて学界で用いて以来、全国的に広く用いられるようになった。彼は、磯焼けの原因を山林の伐採に起因する出水に求め、淡水流入による急激な塩分低下を重視したため、代表的な国語辞典「広辞苑」でも最新版に至るまでこれに基づく説明がなされているが、昨今、彼の説がそのまま支持されることはない。
 現在、磯焼けの発生・持続要因として考えられているのは、気象・海況の変化に伴う水温の上昇・貧栄養化・台風発生時の激浪、ウニ・魚類など藻食動物による摂餌圧の増大、生活・産業排水の流入に伴う汚染・富栄養化・照度低下・浮泥堆積などである。これらの要因が単独または複合して影響を及ぼし、生えていた海藻が枯れる、食われる、剥ぎ取られる、あるいは生えにくくなることによって貧植生状態となる。各地の磯焼けは、地形、海洋学的特性、生物の種組成、沿岸の歴史(漁業・生活・陸域保全など)などによって実態が異なり、すべての磯焼けを単一のモデルで理解することは難しい。国内において広域的に問題となるのは、北日本ではキタムラサキウニ、南日本ではアイゴやブダイの摂餌圧の増大、太平洋岸では黒潮や親潮の流軸の離接岸などで、近年は地球温暖化に伴う沿岸水温の上昇も懸念されている。外国においても、ウニの摂餌圧増大、エルニーニョ発生、沿岸の富栄養化・汚染による磯焼けが各地で知られている。磯焼けの実態にもよるが、低水温で栄養塩が豊富な海洋深層水は、水温抑制や栄養塩添加に有効で、屋外流水培養による基礎研究、海域への放水による局所的な藻場形成などに期待がかかる。
 
(文責:藤田 大介  第5巻、第1号、2001年)
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