栄養塩類(nutrients)
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 栄養塩類は一般には水中の無機窒素三態(硝酸態、亜硝酸態、アンモニア態)と無機リン酸塩を指すと了解されているが、厳密な定義・説明はそれほど簡単ではない。もっとも厳密な(しかし最も広義の)説明は「主に一次生産者の栄養源になる無機・有機化合物あるいはイオン」(Lalli and Parsons,1996)である。植物の生活に必要な各種元素のうち、大部分は塩類の形で外部環境から吸収される。要求量の多少で多量元素(H、O、C、N、P、S、Ca、K、Mg、Siなど)と微量元素(Fe、B、Zn、Cu、Mn、Mo、Na、Cl、Co、Iなど)に分けられる。この中でも要求量に比べて海水中の溶存濃度が低いもの、いわゆる制限要因は窒素(N)とリン(P)である。逆に言うと、NとPが増えれば植物プランクトンが増殖することになる。それゆえ、NとPは閉鎖性海域の富栄養化で問題視され、東京湾・伊勢湾・瀬戸内海では総量規制対象になっている。
 ケイ素(Si)は多量元素であり海中溶存濃度も低いので、しばしば制限要因となる。最近では、山から海への溶存Siの流入減少と赤潮頻発・クラゲ大量発生の相関が、ダム建設との関連で論じられている(Humborg et al.,1997)。溶存Siが減少すると、優占植物プランクトンがケイ藻類から渦鞭毛藻類へ交代し、それに応じて、動物プランクトンから魚類(=海の幸)にいたる食物連鎖構造も変化すると考えられている。
 同様に鉄(Fe)も海洋、特に外洋域で制限的となり、赤道太平洋や南極海の湧昇域における「高窒素低クロロフィル(HNLC)」問題の原因であるとされている。現場海域での大規模なFe添加(iron fertilization)による植物プランクトンのブルーム誘発という報告がある(Coale et al.,1996)。ただし、海水中でFeはすぐに酸化・沈殿するので、これらの現場実験ではFeの繰返し添加が必要であった。これに対し、Feを含んだガラスが海中で徐々に溶解することで、FeとSiを持続的に供給するシステムが考案・検討されている(山岡ら、1996.1997)。これは設置・投入型ということで比較的小~中規模の事業に適している。大規模事業に適した持続的・自然利用型の深層水利用においても、N・Pだけでなく、Si・Feの供給も重要な課題であろう。

(文責:長沼 毅  第5巻、第2号、2001年)

参考文献
Coale et al.1996.Nature、383:495-501;407:695-702.
Humborg et al.1997.Nature、386、385-388.
Lalli&Parsons『生物海洋学入門』、講談社(1996)
山岡到保・滝村修・布施博之・村上克治・北尾修二・斎木正道・
 綿貫哲・相原将人.1996.生物工学会誌、74:269-272.1997.同上
 75、181-184.
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